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最高裁判所第二小法廷 昭和23年(れ)652号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人大竹武七郎の上告趣意第二點について

しかし原判決の認定によれば、被告人は第一審相被告人伊藤清と共謀して、岡山刑務所醫務課長淵本昭を買収して齋藤友作のため同人が勾留に堪えられない旨の虚偽の内容の診斷書を作成さしてこれを入手しようと決め、伊藤がその任に當ることになったところ、伊藤は醫務課長の買収が困難なのを知って、寧しろ醫務課長名義の診斷書を偽造しようと決意し、第一審相被告人池田正光を教唆して本件診斷書を作成偽造せしめたというのである。被告人の故意は、前記認定の如く、伊藤と共謀して醫務課長をして虚偽の公文書を作成する罪(刑法第百五十六條の罪)を犯させることを教唆するに在る。しかるに現実には前記のような公文書偽造の結果となったのであるから、事実の錯誤の問題である。かかる場合に伊藤の池田に對する本件公文書偽造教唆について、被告人が故意の責任を負うべきであるか否やは一の問題であるが、本件故意の内容は刑法第百五十六條の罪の教唆であり、結果は同法第百五十五條の罪の教唆である。そしてこの両者は犯罪の構成要件を異にするも、その罪質を同じくするものであり、且法定刑も同じである。而して右両者の動機目的は全く同一である。いづれも齋藤の保釋の為めに必要な虚偽の診斷書を取得する為めである。即ち被告人等は最初その目的を達する手段として刑法第百五十六條の公文書無形偽造の罪を教唆することを共謀したが、結局共謀者の一人たる伊藤が公文書有形偽造教唆の手段を選び、これによって遂に目的を達したものである。それであるから、伊藤の池田に對する本件公文書偽造の教唆行為は、被告人と伊藤との公文書無形偽造教唆の共謀と全然無關係に行われたものと云うことはできないのであって、矢張り右共謀に基づいてたまたまその具體的手段を變更したに過ぎないから、両者の間には相當因果關係があるものと認められる。然らば被告人は事実上本件公文書偽造教唆に直接に關與しなかったとしてもなお、その結果に對する責任を負わなければならないのである。即ち被告人は法律上本件公文書偽造教唆につき故意を阻却しないのである。而して原判決は、以上説明の如き趣旨によって、被告人が本件診斷書の偽造を教唆したものと判斷したのであって何等違法の點はない。

次に本件偽造公文書行使幇助の點であるが、原判決によれば被告人が池田の偽造した本件診斷書を伊藤を通して受取った上、これを細田に交付し、因って細田が情を知らぬ辯護士吉岡栄八をして岡山地方裁判所の係判事に提出行使するのを幇助したというのであるから、本犯が細田智恵子であることは判文上明白である。而して細田が右診斷書が偽造のものであったことを知ってゐたと認むべき證據はない。しかし細田は被告人に依頼して醫務課長を買収して虚偽内容の診斷書を作成せしめようとしたものであることは、原判決の確定した事実であって、本件診斷書は偽造のものであることは知らなかったとしても、虚偽の診斷書であると考へて之を辯護士に交付し裁判所に提出行使したものであるから、細田の故意と現実の行為との間に錯誤があったものである。しかしこの錯誤は前に説明したと同一の理由によって故意を阻却するものでないから、細田の所為は偽造公文書行使罪を構成するのである。そして被告人は本件診斷書が偽造であることを知らず、虚偽内容の診斷書と考へてこれを細田に交付したとしても、細田がこれを行使した以上、前に説明したと同一の理由により細田の偽造診斷書行使の幇助についても亦その責任を免かれることはできない譯である。原判決の此の點に關する説明は簡に失し、多少明確を缺く恨みもあるが、判文全體の趣旨から以上の説明と同趣旨であると認められるのである。然らばこの點においても原判決には所論の如き違法はない。

同第三點について

未決囚の保釋申請に要する診斷書を取扱うことが被告人の職務に關するものであるか否かについては、原判決の認定は必ずしも明確でないが、假りにそれが被告人の職務に關するものでないとしても、原判決の確定したところによると、被告人は岡山刑務所醫務課長買収の請託の下にその謝禮並びに被告人が齋藤の接見等について寛大便宜の處置を採ったことに對する謝禮として、細田智恵子が提供した現金五千圓のうち金三千圓をその趣旨を知りながら受取ったというのであって、被告人が齋藤の接見等について寛大便宜の處置を採ったことに對する謝禮の趣旨において金員を受取ることは被告人の職務に關するものであることは容疑の餘地のないところである。そして右金三千圓は右の趣旨と共に醫務課長買収の請託の謝禮の趣旨とに對し不可分的に包括して提供されたものに外ならないと認められる。かくの如く職務行為に對する謝禮と職務外の行為に對する謝禮と不可分的に包括して提供された金員を、公務員がその事実を知りながら之を収受した場合には、その金員全部は包括して不可分的に賄賂性を帯ぶるものであるから、原判決が被告人の右犯行を公務員としてその職務に關し賄賂を収容したものであるとしたことは正當であって、論旨は理由がない。(その他の判決理由は省略する。)

よって本件上告は理由がないから刑事訴訟法第四百四十六條により主文の如く判決する。

この判決は、裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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